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英語を話し、かつ外国にいると感じること

「なぜ言葉がわからないのに理解できるのか?」

ということを、英語を勉強し始めた当初から言われることがあったような気がする。結論から言えば、それはきっと僕が日本人で、日本語を母国語として使っているからだと思う。

常々思っていたことがズバッと下記のブログにかいてあった。

■[記憶] 日本人が空気を読もうとするのは言語の仕様だった
http://d.hatena.ne.jp/Aoba/20080506/1210003959

■コモンセンスとは何か?空気を読む日本人の正体

日本語は「間」を大切にすると思うし、お互いの「空気」を読み合いながら話を進める。ある意味で非言語の会話が成立していると思う。

僕が経験したのは、韓国人しかいない中で彼らが韓国語で話している内容をなんと無く理解していたというシチュエーションだ。もちろん僕は韓国語が全くわからない。けれど、彼らの表情・行動・今いる場所・その前後で話していたことなどから会話を推測して、何をしているのかを考えているのだ。

「多分こういうことを話していたんでしょ?」

というと、なんと無く当たっていることが多い。
これはコミュニケーションをする上でとても得な部分でもあり、英語を学習する上では「話し下手」の原因にもなるので悪い部分でもある。

こういう文化があるからこそ、日本の漫画は成立するのだと思うし(特に間を読ませるタイプのもの)、日本映画もしかり、間を読みその感情を理解できるときに感動を覚えるんだと思う。

こういうのって面白いなぁ。